父、太郎は、科学法則以外は変わるといった。
確かに、環境は変わる。ついこないだ、サイクロンや大地震が起きて、数万人とも言われる多くの人がなくなった。地形も変形した。急激な変化が起きた。それから、地球温暖化とも呼ばれるじわじわとした変化もある。
人も変わる。生まれて、成長し、衰退し、死んでゆく。人は、その考え方も、生まれた後で、変化する環境の中で生きることで、勉強し、変わってゆく。
父、太郎は、人が社会を作っていて、その社会を構成する人が変わってゆくのだから、人の代わりに合わせて、社会も変わるのが必然であるという。
確かに、科学技術の発達で、いろいろ便利なものができている。夏目漱石の時代には、携帯電話も、パソコンもなかった。逆に、今の時代に、夏目漱石はいない。
しかしながら、父、太郎は、物理の世界に慣性の法則というのがあるように、人の世界でも、慣習の法則があるという。人は、社会がいつも同じで、一定であることを前提として物事を考える癖がでるという。変わるか、変わらないかは、時間的な軸だけであるという。短期では一定でも、長期では変動する。ただ、物事によって、一定と見るか変動と見るかの時間が異なる。そして、人はついつい、人中心に考えてしまうので、変動しているのに変動していない、逆に、変動していないのに変動していると間違えることがしばしばある。世の中がおかしいのは、人の考えが間違っているのだという。
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