2008年7月27日日曜日

暑い夏!

 今年の夏は暑い!
 いくつか証拠を挙げよう。
1 猫のももの脱毛が激しい! 猫は、毛が抜けて、体温調節に役立てているのだろうけど、今年は、なでるとすぐに毛が抜ける!
2 我が山荘では、アイスクリームの消費量が高くなった。
3 芭蕉の木が有るのだけど、今年は威勢が良い。バナナまでなってしまうかも?
4 扇子が手放せない。
5 父、太郎も、すでに、半そで短パンというラフな姿で、山荘内をうろつく。
6 夕方の通り雨がとても涼しく感じる。

2008年7月26日土曜日

四季が岳美樹の冒険

 さて、父、四季が岳太郎のここのところの作品は、ミステリーの色彩の強い。
 それで、次の作品は、なんと、美樹が主人公の冒険者らしい。
 そういえば、小学生の頃、父が、美樹ならぬ、ミッキーを主人公としたミステリーの話しを子守唄がわりにということでもないが、お話しをしてくれていたときがあったのを思います。
 今思うと、そのお話しは、最後の犯人の名前を聞くことなく、終わっていたように思う。
どんな話しだったろうか。もう、話の筋さえも思い出せない。ただ、美樹が主人公の探偵もののお話しであった。
 今度の、美樹が主人公のお話は、そのときのお話なのだろうか。
 何年かぶりに、ようやくのこと、そのときの結論が明らかになるのだろうか。

2008年7月21日月曜日

心地よい速度3

 速度は、距離を移動するときや、物の生産量を定義するときに使う。そのときの速さである。速さがあるということは、物が変化するということになる。空間を移動したり、物質が変わる。
 物質は、とりまく環境のエネルギーに応じて、状態を変える。
 地球に降り注ぐ太陽のエネルギーは、植物に蓄えられ、植物を食べる動物に移り、動物はまた、自然に帰る。
 人間は、環境を制御することで、快適な空間を作ることで生活する。
 快適な空間は、その人が過ごしやすいと思う空間で、その想いは、その人の考えにおおきく依存する。人の考えは、人がこの世に生まれ、初期に形成される考え方で、たぶんに幼児期の環境に影響される。
 環境が人の考えを形成し、その人の考えが環境形成に影響を与える。
 個人の考えと環境との相互作用が、この世の中を変えている。
 考えの変化と環境変化の速度は、考えの蓄積と環境を変えることの出来る能力によって決まる。科学物質的な考え方と工学的な物質制御が出来るようになって、人の自由度は急激に増した。
 しかも、考え方の偏在と科学工学の能力の偏在が、経済的な不均衡を生み、世の中の状況の不均衡を生んでいる。先端部分の伝播と言うものは、人が主よりもずっと遅いと思う。
 父、四季が岳太郎に言わせると、情報、物質の流通の制約が不均衡を生んでいる。その制約は、単に物質的な制約ではなく、人の考え方に側が腐れることで生まれる制約に大きく支配されてしまうことが、一番の制約であるという。
 

2008年7月20日日曜日

心地よい速度2

 風鈴の音、竹の笹のざわめき、小川のせせらぎの音、夕日の沈む色の変化。それらの、音や色などは、速さに由来する。自然の速さは、大部分、心地よい。
 人の生きる速度は、自然と同じ速度であるほうが心地よいだろう。もともと、自然の中から生まれてきたのだから。
 生物的には、十分に納得できることではある。
 父、四季が岳太郎は、心地よい速度は、自然の速度であるという。でも、その速度を逸脱した暮らしをすることで、かえって、自然の速度が懐かしくなるという。
 この地域でも、父が子供の頃の風景が失われた地域と残っている地域があるという。たぶん、程よい組み合わせのバランスをとることが重要なのだという。
 バランスを取るためには、有る程度、物の速さにも、対応できる速度を有することも必要で、それだけの能力開発の必要に迫られてもしまう。すなわち、考え方、思考を高度なものにしておくということが重要だという。
 反射的に、答えられるという世界を作っておくためには、その場で考えるのではなく、あらかじめ考えておき、用意してある答えを引き出せばよいという状態を作っておく準備が、高速に対応するための行き方であるという。
 でも、これから、幼い頃から、人工的な構築物の中で生きていく人にとって、快適な速度と言うのは、人工的な速度の中でも、違和感が小さくなるのだろうか。
 

2008年7月19日土曜日

心地よい速度1

 父、四季が岳太郎曰く、人の生活が経済活動を決める。それが基本である。人の生活以上の経済を求めれば、ゆがみが生じ、どこかにしわ寄せが生まれる。そのしわ寄せは、地域格差になるかもしれないし、世代間格差になるかもしれない。
 人の生活は、人の物事を進める速度に依存する。人の速度は、人間が生み出してきた物の速度に比べ遅いものである。逆に、人間は、人間が行い得ない速度を手に入れるために、さまざまなものを生み出してきたとも言うことができる。徒歩よりも、自転車、自転車よりも自動車、自動車よりも列車、列車の中でも新幹線、と、速度は増している。その速度は、人間が行いえる速度をはるかに凌いでいる。
 たとえば、家電製品にしても、掃除機、冷蔵庫、それらのものだって、機能を速度に置き換えることが出来る。たとえば、物を冷やすには、氷を取ってこなければならないけれど、寒いところから氷を取ってきて物を冷やすのに、たとえば、数日の時間がかかるのに比べ、冷蔵庫があれば、すぐに物を冷やせる。物を冷やす速度と言う点では、冷蔵庫の方が圧倒的に速い。
 情報収集にしても、図書館に行き調べることを考えたら、インターネット検索は圧倒的に速度が速い。
 さて、速度が速くなるということは、物事の本質として何を意味しているだろう。最初があり、すぐに結果が来るということだから、途中の過程が、想定的に短くなることになる。人の人生は、生まれてから死ぬまで、その期間はほぼ百年である。人間にとって重要なのは、百年の過程である。ところが、物の世界では、過程を縮小し、結果の連続を積み重ねる方向に動いている。人間が物の速度に追いつけていない結果、何が生じるかといえば、考えずに行動せざるを得ない、もしくは、人の考えの速度の速いほうが物の速度に近づくので、速度の速い人間ほど有利な世界が形成される。速ければよいという物の特性に、人間が引きずられ、優劣が生じる世界になってしまうのだ。

2008年7月13日日曜日

何もしないのが一番省エネ

 世の中、物価高である。
 こんなとき、何をすればよいのかと父、太郎に尋ねると、何もしないのが一番と答える。
 石油も必要とする人が多いから値が上がる。つまり、ほしがるひとがいないのなら、値段もあがらないという。
 幸い、父は経済的である。服もほとんど買わない、何かを集めるという趣味もない。旅も嫌いである。第一、仕事はしょうがなく出掛かけるが、仕事でなければ、出かけない。自分から、何かの消費活動をするということがないのでる。買うものといえば、本くらいだろうか。あとは、寝ているか、考えているからしい。
 つまり、考えるのも寝てるのも、はたから見ると、何もしていないということだ。
 本人が、それで満足しているのだから、これほど、経済的なこともない。
 しかし、父、太郎は、出かけないし、何もしない割りに、割と世の中のことを知っている。どうも、若いときは、案外、いろいろと、していた父子がある。
 うちの片隅に、フルセットに近いカメラがあったり、パソコンは、古くから使っていたようだし、アルプスの山々も歩いたことがあるらしいし、温泉も、有馬温泉や白骨温泉など、比較的有名どころに行っていたりする。
 かといって、理学博士であったりするのだから、若いときのことは、謎に包まれている。

2008年7月12日土曜日

夏は何かと面倒くさい!

 梅雨でじめじめしていると思っていたら、あっという間に、夏がやってきてしまった。
 今年は、紫陽花咲く鎌倉にいけなかったので、来年こそは行こうと思っていたら、父は、会社帰りに電車で、寝ぼけていたか、寝過ごして、北鎌倉まで行ったらしい。美樹も、ぼけっとしていて、藤沢まで行ってしまったことがある。まあ、何かと無駄があるのが人間なのだ。夏は、暑すぎるのだ。沖縄は好きだけど、都会が暑いのは、いやなものだ。でもって、夏はめんどくさいなあ、と口癖になる。
 すると、父、太郎が、「人生はそもそも、面倒くさいものである。そもそも、人間は、生まれたときは何も出来ないものが、社会で生きてゆくようになるために、いろんなことを身に付けてゆかなければならない。すなわち、出来ないことをできるようにしてゆかなければならないのだ。出来ないことをできるようにするのは、面倒なことである。出来ることをしていたほうが楽だ。つまり、自分の出来ることをしているほうが楽だけれど、自分の出来ないことをするほうがえてして面倒だということは、自分自身の能力がおおきく、質の良いものであれば、面倒なことを少なくなる。人生において、少しずつ、自分の能力向上をしてゆくけば、自然とめんどくさいことは減少するのである。美樹はまだ、成長途中なのであるから、面倒くさいことが多いのは当たり前である。ただ、100%面倒なことというのは、余りにも、今有る自分の能力とはかけ離れたことなので、できっこないこともあるけれど、今ある能力の周辺を延ばしてゆくのは、面倒くさいというその先に、面白みや楽しみが待っているものだから、まあ、ちょっとくらい面倒なことならば、やってみるのがよろしい。」、「暑いなあ、寝てよう」といって2階へ行ってしまう。美樹はひそかに、これを、「冬眠」でもいなく、「仮眠」でもなく、「夏眠」と呼んでいる。

2008年7月6日日曜日

山荘人

 「まりもっこり」は、北海道の「まりこ」+「もっこり」だ。観光に訪れる人に、ちょっとした、楽しみを与えている?のである。
 「どてレンジャー」は、荒川の「どて」+「レンジャー」だ。五人組みの戦闘隊で、荒川の土手が決壊するしないように、日々、努力しているのである。
 「山荘人」は。四季が岳の「山荘」+「人」である。
 父、太郎曰く、「山荘人」は、「三そう人」を目指すのだという。
 一つ目の「そう」は、「創」で、創造する力であるという。
 二つ目の「そう」は、「想」で、自分が出会ういろいろな出来事、人、物について、思い巡らすことであるという。
 三つ目の「そう」は、「操」で、自分自身を含め、いろいろなことを操る、制御することであるという。
 もっとも、最後には、四つ目の「葬」がくるんだけど、それまで、三つの「創・想・操」に努力すべしと言う。

2008年7月5日土曜日

地球温暖化?

 山荘の庭には、アメリカンデイゴの木がある。
沖縄にあるデイゴに似て、赤い花が咲くが、熱帯性ではなく、この辺の気候でも、枯れずに毎年花が咲く。
 10年くらい前に、父、太郎が植えたもので、最初のころは、冬は、むしろで覆って、越冬させていたらしい。
 でも、このごろは、3メートルくらいの大きな木になったので、父も、手を抜いているというか、面倒くさいのか、太い幹になってきているので、大丈夫と思っているのか、枯れた部分の枝を切り落とすだけで、筵を巻くこともなくなっている。
 それでも、枯れずに、夏に花を咲かせる。
 今年は、梅雨の前に花が咲いた。ずいぶんと速いうちからの開花だ。たぶん、これから、夏までの4ヶ月ほどは、だんだん、花の数が増えてゆくんだろう。
 こんな、身近なところにも、地球の温暖化が見え隠れする。
 木はいい。緑はいい。二酸化炭素を固定してくれる。